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佗の美学

萩焼は、毛利家の御用窯で茶道の茶陶として発祥します
茶道は禅であり哲学です。又、道具に対しても思想を求め
茶道に於ける道具の在り様は、無心で作為を見せない。
着飾る美で無く、内面から滲み出る味わいと言えます。
そして、精神で感じる侘びの美学が生まれます。
利休や茶人(武将)が極めた美で、日本の美的理念となり
現在に生き続いています。
戦国時代の茶道と現代は違いますが
高価な美術品でなくても、ひとつの湯呑で味わう事ができます。
そして手に取り使用して、初めて理解する事ができます

佗の美――全て簡素の中に存在する閑寂な趣




萩、備前焼(土の物)は、味わいを楽しむ器です
味わいは、個性です。そして、その個性は作為を
見せない、簡素で素朴なものが最良です。
機械的、類型的なものに個性はありません
この焼物の愛好者は、個々に輝く個性を求めるのです
その焼物を理解しなければ満足な品揃えは出来ません

個性に輝き、簡素で素朴なものには
驕らず、淡々として和ませる、暖かさがあるからです

日本独自の美意識です
この究極の美意識を極めた、先人の感性に敬服します
そして、若い世代に引き継ぐには
個性のあるものを提供する必要があります




出会いと感動

事の始まりは、出会いと感動から始まる。それは物であったり、人であったりします。
打ちのめされる感動がなければ、意識の改革も探究心も湧き起こりません。
私の場合、古唐津の水指との出会いからです。
今迄の焼物感が根底から覆されました。これが人間の成せる技か、
威風堂々何百年も空気を吸い、歴史を生きてきたものの強み、敢然と立ち向かい、強烈に存在感を訴え掛けてくる。
力強い。
もっと驚いた事は、水を張ったときです。 
何百年も使用していないものだから、物凄い音を立てて水を吸い込んでいく様は、
正に生き物のように感じ、いまだにあの音が耳にこびりついて離れません。
最初はうなり声のような、腹の底から絞り出すような異様な音でした。
次第に穏やかになり 表面にしずくが流れうれし泪の様に見え 
作者の心魂込めた思いが、伝わり、一瞬血の気が引き、身震いがしました。
土物は常に呼吸をし、その時々の表情をし生きています。
焼物の素晴らしさと偉大な先人が残したものを受け継ぎ、次の世代に引き継がなければなりません。



ある日、来店の学生さんとの会話

「日本の焼物は、素晴らしいのですが生きて行くのに、不可欠のものでは-------」
と申し上げたら
いいえ「通常の生活に於いて、楽しみや癒し、生きて行く目標や糧が必要だと思います」
なるほど、感情や楽しみが無ければ機械と変わらず無味乾燥なものになる
日常の些細な出来事で、曇っていた心が晴れたりする

焼物で、温もりや和みを与える事ができればそれで良く。又、文化に興味を
持って貰ら得れば更によく、次世代へ繋がって行きます
その為にそういった商材を見出し、提供しなければと思いました

2015.5.29



掌(たなごころ)

手に取った瞬間に伝わってくる
手の平で暖かく、緩やかに和む
なかなか遭遇する物ではありません
磁器と陶器の大きな違いで、特に萩は土質、茶陶
であることから顕著に現れます
そして、それを感じさせるものは
作為のない無心のものに他なりません

2017.7

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